大塚 健一 陶芸家


味わいの秘訣

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大塚健一さんは、益子伝統の土と釉薬を使い、多様な作品を精力的に制作されています。

手になじむ感触、多彩な形、使いやすくて長く付き合える器。

益子焼伝統の釉薬を駆使されている大塚さんの作品に触れようと、やきもの販売店が立ち並ぶ益子町メインストリートに程近い工房を訪ねました。 大塚 健一 略歴

1948年 益子町に生まれる
1966年 佐久間藤太郎氏に師事
1973年 築窯独立
1984年 伝統工芸新作展入選・県芸術祭入選
1985年 伝統工芸新作展入選・県芸術祭入選
1988年 88’国際陶芸展銀賞
1990年 90’国際陶芸展入選
1991年 日本民藝館展入選
1992年 第39回日本伝統工芸展入選
日本民藝館展入選
1994年 伝統工芸士認定
日本民芸公募展最優秀賞
1995年 第42回日本伝統工芸展入選
日本工芸会準会員
1996年 大滝村第2回北海道展金賞
2001年 栃木県伝統工芸品作品展 優秀技術賞

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蝋抜き ~紋様のマスキング~

紋様の蝋抜き(ろうぬき)作業を見せていただきました。

蝋抜きとは、釉薬をかけたくない部分に蝋を塗り、その後に釉薬をかけ、抜きの部分を作ることです。

蝋は、市販のロウソクを湯煎しながら溶かします。塗りやすくするために溶かした蝋に灯油を混ぜて、釉薬をかけたくない紋様の上に、筆を使って塗り込みます。

写真-1
紋様の上に蝋を塗る作業です。蝋を塗っている方は大塚さんの奥様です。

蝋によるマスキング処理をしてから、紋様以外の部分に釉薬をかけ、窯で焼成すると蝋は燃えてなくなり、同時に釉薬はガラス化して皮膜を作るというものです。

写真-2
大塚さんが蝋でマスキングされたものに釉薬をかける作業をされています。

蝋抜きは、織物の染色で使われる「糊置(のりおき)」と同様の技法によるものです。

最近は蝋の代わりに取扱の容易な糊(陶画糊)を使うことがあるようですが、大塚さんは伝統的な方法で作業されています。

写真-1

蝋を筆で塗りこみます。蝋を温めての作業なので夏場は大変です。

写真-2
蝋抜き部分と釉薬部分の掛け分けは、手間が掛かります。

甕やバケツの中身は

大塚さんの工房には、たくさんの甕(カメ)やバケツが並んでいます。
これが大塚作品の源泉のひとつなのです。

写真-3
この甕やバケツには何が入ってているのか、気になります。

この甕やバケツのいくつかには、水に浸された「灰」が入っています。

灰は「灰釉(はいゆう)」、「糠白釉(ぬかじろゆう)」、「青磁釉(せいじゆう)」など、益子焼でよく使われる釉薬の主な成分となります。
灰の性質が釉薬の仕上がりに大きな影響を与えます。

灰は、木材を燃やしたものです。
同じ種類の植物でも育った土壌により、釉薬の性質に影響を与えるほど微妙なものです。

伝統的な益子焼は、土灰(どばい)と呼ばれる台所のかまどや、炉端(ろばた)からでる灰を原料としていたのです。
現代の生活では、ガス・石油・電気に取って代わっていますので、手に入れ難いのですが、大塚さんは人づてや専門業者から入手されています。

土灰は、様々な木材が燃料として用いられたものですので成分はその都度変化します。
このため、土灰は使う都度、他の成分との調合を決めるために、試し焼きをおこないます。

写真-4
左の灰色の陶片と真ん中の淡い水色の陶片はテスト過程のものです。つくりたかったものは右の鮮やかな青緑の陶片です。これは「益子青磁」といわれる独特の青磁釉です。

大塚さんはこの土灰を釉薬として使うために、水簸(すいひ)し、長い時間をかけて灰汁抜きをしてから、釉薬の調合をしています。

水簸は、バケツに張った水に土灰を入れて溶かし(写真-5)、水に溶けた土灰を柄杓(ひしゃく)ですくい、細かい目の篩(ふるい)に掛けて粗目の土灰や砂などを取り除きます(写真-6)。

10kgの米袋一杯の土灰を濾した後の灰は、ポリバケツの底から1~2cm程度しか取れません。益子焼は釉薬をたっぷりと掛けるので、充分な量を得るまでこの作業を何度も繰り返します。

写真-3
甕やバケツの一部です。この中はいったい何でしょう。

写真-4
釉薬の調合には、テストが欠かせません。

写真-5
土灰を水に溶かします。

写真-6
細かいメッシュの篩にかけます。濾した後の灰はわずかです。

大切な灰汁抜き

このように、並んだ甕やバケツには土灰が水に浸され、使われる時を待っています。
でもこのままでは釉薬として使うには不充分なのです。

写真-7
沈殿している土灰を触らせていただきました。

土灰は粘土状になって、沈殿しています。
ヌメリのある滑らかな手触りです。

土灰に含まれるカリウムやソーダは釉薬としては必要なのですが、水に溶け出るようなカリウムやソーダは、除く必要があるので灰汁(あく)抜きをします。

灰汁抜きは、沈殿した灰を攪拌します。落ち着いて灰が沈殿し、分離した上澄みの水をすくい取り、また水に浸す。この作業を何度も繰返し灰汁を抜くことです。

ヌメリがほぼ無くなるまで繰り返します

時間をかけて灰汁を抜くと良いものができるため、一年もの間、灰汁抜きをすることもあるそうです。
灰汁抜きが不充分な場合は釉薬が濁ったり、縮れたりします。

水中の重たい灰を攪拌し、水簸を繰返すのは、骨が折れることでしょうが、きちんと灰汁抜きした土灰こそが美しい釉薬のもとになるのです。不思議なものですね。

写真-8
窯入れを待つ蝋抜きし、釉薬をかけた作品

写真-7
灰汁抜き中の土灰は独特のヌメリがあります。

写真-8
釉薬と蝋をかけて、焼きを待ちます。

味わいの秘訣

写真-9
窯から出した直後。生まれたてのまだ温かいやきもの。紋様が浮かび上がり、釉薬が艶を発しています。

現在は取扱が容易な人工灰があるなかで、入手が難しく、長期間かけて灰汁抜きし、手塩にかけた灰釉。

調合とテストを繰り返し、その灰釉の特性を見極めてから、初めて作品に施す釉薬。

使う都度変化をし続ける釉薬へのこだわりが、一品一品手作りの味わいをつくる秘訣の一端ではないでしょうか。

写真-10
大塚さんはいつもほがらかで、奥様と仲むつまじく作業されています。

初代人間国宝の濱田庄司(浜田庄司)先生が、
「誤りなくつくられた物、正しくつくられた物、適切につくられた物、健(すこ)やかな物、これが美の成分です」
といわれていることを、大塚健一作品を通して垣間見るような気がいたします。

写真-9
できたての器がきれいに輝いてます。

写真-10
工房ギャラリーの前でパチリ。取材ご協力いただき、ありがとうございます。

益子や 後記
取材後工房を訪ねたとき、ロクロ引き立ての、男性二人で抱えるほどの大皿を見せていただきました。
注文や個展制作のお忙しい合い間に作られたそうです。

てんちょうには、乾燥中の大皿と大塚さんの笑顔が「作陶が好きだからね」と語っているように見えました。

さてこの大皿にはどのような釉薬がかかるのでしょう?